夏の寂しさ

 夏って寂しい季節ですよね。
 何故か夏のコマーシャルを見ると、とても寂しい気持ちになります。
 「金鳥の夏、日本の夏(バチバチバチ←花火)」とかも寂しいし、カルピスやアイスコーヒーの、グラスで氷がチリチリと音を立てているコマーシャルも寂しい。アップテンポの音楽にあわせて水着姿の若者たちが海辺ではしゃいでいるコマーシャルなんか見ると、とっても取り残された気分になる。
 それに比べると、冬のコマーシャルって楽しいです。田中邦衛の「食べる前に飲む!」もそうだし、アルペンのコマーシャルもとても元気。少なくとも寂しい気持ちにはなりません。かろうじて寂しいのは、「北風小僧がささやいた〜。今夜は〜、今夜は〜、ハウスシチュー」くらいかなぁ。(古くてすみません) でもこのコマーシャルで感じる寂しさは、夏のコマーシャルで感じる寂しさとは根源的に違います。寂しい中にも、「こっち来いよ」みたいな空気がある。けど、夏のコマーシャルにはそれがありません。ただただひとりぼっち。風鈴の音でも聴こえようものなら、叫びだしてしまうだろうな。
 夏の歌も寂しいのが多いですね。
 井上揚水の「少年時代」は感傷に浸ってしまうし、テンポを間違えれば「我〜は〜海〜の〜子〜」もかなり危ないです。極めつけは「夏が来〜れば思い出す〜」ですね。「水芭蕉〜の花が」の後、ちょっと溜めてから小さな声で、「咲いている〜」。なんかこれ書いているだけで切なくなってきた。(^^;;
 冬の歌はやっぱりどれも元気いっぱい。
 「も〜い〜くつ寝ると〜、お正月〜」なんて、もう頭悪いんじゃないかってくらい天真爛漫。「雪〜やコンコン、アラレ〜やコンコン」だって、よーし、雪だるま作っちゃうぞ!って気持ちになります。(な、ならない?)
 コマーシャルや歌だけではありません。
 夏に関わるすべてのものに、どこか、キャンプの朝のようなヒヤっとした空気感、そして切ない静けさを感じるのは僕だけでしょうか。ヒグラシの鳴き声とか、お中元の水羊羹とか、缶詰のミカンの入っているソーメンとか……。

 僕は学生の頃から大江千里をよく聴いていました。
 夏になると、「納涼千里天国」という野外ライブによく行っていました。
 あれは確か千葉マリンスタジアムでライブがあった年のことです。ライブの終盤で、スクリーンに大きく風鈴が映し出され、「OLYMPIC」というアルバムに入っている「夏渡し」という曲を、彼が歌ったことがありました。
 僕はその年の1月に、いろいろあって勤めて1年にもならない会社を辞め、仕事もせずに毎日漠然とした気持ちで過ごしていました。
 身も心も疲れきっていました。
 焦りだけが募り、誰かにうまく思いを伝えることも出来ず、自分はこのままどこへ行ってしまうのだろうと、暗い気持ちで一杯でした。
 「夏渡し」は、それまでは特に好きでも嫌いでもない、どちらかというと聴き流していた曲だったのですが、スタンドの夜風と寂しい映像、そして美しい旋律は、不安定な僕の心に言いようのない、切ない感動をもたらしました。

        そろそろ梅雨も 軒をくぐって
        僕も仕事を また始めるよ
        だから どこかの人ごみで
        偶然 変わった君に 会いたいな
        その頃 今より 昔に近い僕で いられたら
        この国に 夏が来る
        変わらずの 夏が来る
        この国は どこへ行く
        変わらずに 進んで行く

 今でもこの曲を聴くと、僕の心は不安定だったあの頃に戻ります。

 夏は寂しい季節です。
 でも、きっとそれは、夏が終わってしまうからなのだと、今は思っています。

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