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プロレス的コミュニケーションのすすめ

 これから書くことは、プロレスというエンターテインメントの仕組みを正確に理解し、それでいて楽しめる人ではないと、大きく誤解される可能性があります。また、比喩も、ある部分、出鱈目で、完全に対応してさえいないです。伝統的催眠(古典催眠、指示的アプローチ、whatever)をしている人からも、現代催眠(エリクソニアン催眠、間接的アプローチ)をしている人からも、更にはNLPやコールドリーディング、その他の心理テクニックを実践している人からも反感を買うかもしれない文章を書きますし、偏見もあるかもしれません。ただ、リアルファイトに対するプロレスの素晴らしさ、面白さをちゃんと理解している人にとっては、共感いただける部分が少なからずあるのではないかと思っています。
 プロレスをよくご存じない方のために、簡単に説明しますが、プロレスは、総合格闘技のようなスポーツ、リアルファイトではなく、あくまでショーです。筋書きがあり(無い場合もあるようですが、どちらにしても、真剣勝負ではありません)、不可解な約束事があり、平気で破られる、とりあえずのルールがあります。極論すれば、プロレスは、遊園地やデパートの屋上のウルトラマンショーが洗練され、手加減はあるにせよ、基本はフルコンタクトで行われる格闘ショーということになります。勝ち負けが問題なのではなく、あくまで、試合が盛り上がり、観客を興奮させ、感動させ、勇気を与えることが目的です。
 プロレスが成立する最大の要因は、よけようと思えばよけられる相手の技を、あえて「受ける」ことにあり、この、わざと相手の技を受ける行為をセルと呼びます。プロレス技が総合格闘技で滅多にお目にかかれないのは、相手が技を受けてくれないからです。つまり、相手の協力があってはじめて、プロレス技は決まるのです。
 ロープに振った選手が必ず返ってくるのも、場外にいる選手が、相手選手のトップロープからのダイブをよけないのも、プロレス的な約束事であり、素人目から見ても勝負の世界ではあり得ない、不自然な動きなのですが、それらの約束事があって初めて、プロレスはショーアップされるのです。
 プロレスは、格闘のスタイルをとっていますが、実は勝負事とは正反対に、信頼関係の上に成り立っています。相手が技を受けきってくれると信頼しているからこそ、トップロープから思い切り飛ぶことが出来るし、相手がちゃんと受身を取ってくれると信頼しているからこそ、思い切り蹴り、思い切り投げられるのです。
 一方、全ての格闘技は、基本的にリアルファイトです。興行ですから、試合が盛り上がるに越したことはありませんが、それでも、選手にとって大切なのは「勝つ」ということだけです。ですから、よけられる相手の技はよけますし、間違っても試合を盛り上げるために、わざと相手の技を受けたりはしません。仮に相手の技を受けるそぶりを見せたとしたら、それは技を受けるためではなく、返し技を狙うためのエサとしての行動です。
 このように、プロレスとリアルファイトは、同じように殴って、蹴って、関節をきめたところで、その思想は正反対なのです。
 さて、ここからが本題です。
 日常のコミュニケーションって、基本はリアルファイトだと思います。そしてそのリアルファイトで勝つために、NLPという名のグレーシー柔術があり、エリクソン催眠という名のコマンドサンボがあり、コールドリーディングというムエタイがあり、シュートボクセアカデミーやブラジリアントップチームのような多くのスクールやセミナーがあるわけです。(このあたりはただの例えです。全く深い意味はありません。不適切だったらごめんなさい) そして、古典催眠(面倒くさいので、伝統的な催眠や指示的アプローチ、現象を重視する催眠なんかを、便宜的にこう呼びます)は何かといったら、僕はプロレスだと思うのです。
 ですから、リアルファイト(日常生活)で勝ちたかったら(相手をコントロールしたかったら)、古典催眠よりも、NLPやエリクソン催眠、コールドリーディングやディベート術なんかを学んだ方が、ずっと役に立ちますが、注意して欲しいのは、例えば自分がNLPで黒帯だったとしても、それで大抵のリアルファイトに対応できるかと言ったら、全くそんなことはないということです。相手もNLPの黒帯かもしれないし、ディベートの達人かもしれないし、営業の天才かもしれません。また、初期のUFCで小柄なホイス・グレーシーが圧倒的な強さで優勝したにも関わらず、その後、グレーシー柔術対策が研究され、グレーシーがどんどん勝てなくなっていったのと同じで、NLPの各テクニックは、今やビジネス書でも紹介されており、無意識に働きかける多くのテクニックが、今では相手に意識化され、思ったような効果を発揮できないという現象も起こっているように思います。
 「ビジネスで役立つ」「信頼関係が短時間で築ける」「説得力が増す」という効果は、確かに「何も知らない相手」に対しては、ある程度あるかもしれません。しかし、相手には相手の人生経験があり、目的があるのですから、当然、100%有効な、完璧なテクニックなど無いわけです。不意打ち的に効果をあげることはあるかもしれませんが、それは時間とともに、有効ではなくなる可能性があります。「オレオレ詐欺」の手口を知らない人は、びっくりしてお金を振り込んでしまうこともあるかもしれませんが、これだけニュースで騒がれた今となっては、引っかかる人は以前ほど多くない、というのと同じことが、多くの心理誘導にも言えるのではないかと、僕は思います。
 また、ビジネスは別かもしれませんが、家族や友人、恋人との関係は、決してコントロールされるか、されないか(つまり、リアルファイトで言うところの勝つか、負けるか)ではないように僕は思うのです。試合の勝ち負けよりも、むしろ、試合が盛り上がるか、気持ちよく試合が出来るか、お互いの持ち味を十分出せるか、の方が、よっぽど重要な時があるような気がする。
 そこで僕は皆さんに、プロレス的コミュニケーションをお勧めしたいのです。
 こちらの言い分をいかに通すか、相手をいかにコントロールするか、自分がいかに優位に立つか、という、リアルファイトなコミュニケーションは卒業して、あえて相手の技を受け、相手の技を受けることで、相手のよさを引き出してあげる。ロープに振られたらちゃんと返ってきてあげて、相手がトップロープにのぼったら、信頼してトップロープからダイブできるよう、逃げずに受けとめてあげる。そうすることで、試合(コミュニケーション)を組み立て、盛り上げ、お客さん(お互いの気持ち)を興奮させ、感動させる……。プロレス的な信頼関係ができると、今度は相手も、こちらの技を受けてくれるようになります。最終的に、形式上の勝ち負けはつきますが、目的はそこにはなく、試合が盛り上がること、試合を楽しめることにあるので、お互いにその勝ち負けは何でもなくなります。
 良いプロレスラーと言うのは、決してシュート(リアルファイト)の強い選手ではなく、セル(受け)の上手い選手のことを言います。かつてアントニオ猪木は、「ほうきが相手でも名勝負をすることができる」と言われましたが、僕はコミュニケーションが上手な人も同じだと思っています。
 相手が全く知識のない人でも、無口な人でも、論理的な会話の出来ない人でも、矛盾だらけの人でも、明らかに間違った考え方をしている人でも、リアルファイトのようにいきなり相手を叩きのめすのではなく、相手の稚拙な技を華麗に受けることで相手を光らせ、相手の良さ、言い分を全て引き出し、試合を盛り上げた上で、相手が受けきれる技を繰り出す。相手が、普段は出来ないような技の応酬を楽しみ、コミュニケーションを楽しむ場を提供する。そして勝つ必要があれば、フィニッシュホールドなのですが、このフィニッシュホールドも、完全なノックアウトではなく、時にはスモールパッケージホールドやジャックナイフ式えび固めのような、相手が負けても傷つかないような、偶然を装えるような技にしてみる。
 誰でも会話するとき、自分の中に大まかな起承転結(話の組み立て)があって、それをたどって話し始めると思うんです。だから、例え「起」のところで相手に隙があって、「それ違うよ!」と反論できたとしても、そこをぐっと我慢して、相手に続きの「承転結」を言わせてあげる。
 揚げ足をとったり、相手の言いたかった「結」を先読みでこちらが言ってしまったりするのは、非常にデリカシーの無い行為なのではないかと思います。
 例えその話を知っていても、知らないふりをして最後まで聞いてあげるのが優しさかなぁと思います。
 また、いくら相手が受けてくれているからと、一方的に攻撃する(話し続ける)のも、試合をしらけさせます。プロレスの基本は技の応酬ですから、ある程度自分が責めたら、今度は相手に思う存分技をださせてあげる(話させてあげる)ことで、試合は成立するのです。
 話すことって気持ちいいので、誰でも、聞くより、話したいんですよね。
 偉い人になればなるほど、自分は偉くて知識があるのだから、みんな自分の話を聞きたがっているという錯覚を言い訳に、人の話を聞かずに話し続けるように思います。しかし、試合時間も計算できずに、一方的にダラダラ技を出し続けて、結局時間切れ引き分けのような試合をするレスラーは、決して良いレスラーではありませんね。
 もちろん、リアルファイトをするべき相手にプロレスをする必要はありませんが、自分の大切な人には、是非、プロレス的コミュニケーションをしてみてください。相手が大切な人の場合、自分が正しいからと言って、やみくもに真実を振り回せば、相手を傷つけてしまう可能性があるからです。
 先ほど、古典催眠はプロレスだと書きました。
 古典催眠は使えない、という人がいらっしゃいますが、それはリアルファイトの視点から見れば正しいかもしれませんが、お客さんの満足度という点から言えば、正しくはありません。
 古典催眠には、プロレス的様式美が多くあります。プロレスならではの大技と同じように、現代催眠ではお目にかかれない大技を楽しめます。リアルファイト的な心理誘導が、誘導側の一方的なテクニックの上手下手にかかっているのとは対照的に、古典催眠は文字通りの「セッション」であり、ふたりで催眠を組み立てます。
 もちろん、リアルファイトを否定しているわけではありません。
 リアルファイトの圧倒的迫力は、見るものを魅了します。
 しかし、力の拮抗した中途半端な選手同士の行うリアルファイトは、試合が噛み合わず、どちらも仕掛けず、また、仕掛けても膠着するばかりで、全く楽しめません。リアルファイトは、ある程度、力の差があるからこそ、名勝負が生まれるのです。そして、誤解を恐れずに言えば、本当の意味で相手の心をコントロールできるような心理テクニックを使える人間など、僕はほとんどいないのではないかと思っています。
 プロレスファンが一番盛り上がる試合って、どんな試合か知っていますか?
 それは、総合格闘技に挑戦したプロレスラーが、専門家の予想を覆して圧倒的強さで勝利する試合です。
 「八百長だと格闘技ファンから馬鹿にされていたプロレスラーが、本当は強かったんだ!」という衝撃こそ、プロレスファンにとっては最高の喜びです。
 初めにお断りした通り、めちゃくちゃな例えになってしまいましたが、少しでも、コミュニケーションにおいてプロレスをしてくれる人が増えることを、願っています。

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