MAX発見機

ふと思ったのですが、「一生のうちで一番〜」っていう言葉、ありますよね。

あれって、とっても珍しいこと、貴重なことを形容するための言葉だと思うんだけど、考えてみれば人生って、「一生のうちで一番〜」の連続なような気もするんですよね。

例えば、間違いなく、一生のうちで一番体重が重かった日っていうのがありますね。

一生のうちで一番よく寝た日、

一番の長電話、

一番の腹痛、

一番泣いた映画、

一番ムカついた上司、

一番高かった買い物、

一番待たされた待ち合わせ、

一番の銀行の残高、

一生のうちで一番……。

こんな風に考え始めたら、いくらでも「一生のうちで一番〜」を思いつけそうな気がするし、いくらでも思いつけるのなら、毎日そういうのがひとつくらいあってもいいような気もする。

それをちゃんと認識できたなら、毎日がずっとスリリングで生き生きすると思うんだけれど、普通はそんなことを考えながら生きてはいないし、考えていたとしても正確なことはよくわからない。

で、それを知ることができる、「MAX発見機」なるものが発売されたら、これは欲しいぞ、と思うわけです。

例えば、誰かと待ち合わせをしていて、2時間待っても相手が来なかったとします。家に電話をかけても留守電。携帯にかけたら「電波の届かない所にいるか、電源が切れています」。すると鞄の中から「ピピッ」って音がきこえる。

そう、MAX発見機が鳴っているんですね。

「そうか、これが一生のうちで一番の待ちぼうけか。ってことは、もう二度とこれ以上誰かに待たされることはないんだな」

そんな風に考えられたら、人生楽になるだろうなぁ。

イライラも吹き飛んで、楽しい気分で待ち合わせた相手と出かけることができると思うのです。

せっかくの休日、朝から晩まで昼寝しちゃって、起きたらすっかり夜。

すっかり自己嫌悪……。

そんなときにも「ピピッ」って鳴るんです。

「なるほど、これが一生のうちで一番長い昼寝か」

そう思ったら、とっても貴重な経験をした気になって、頭切り替えて、てきぱきと動き始められるような気がする。

話はちょっとずれますが、映画、小説、コンサートや漫画など、ある区切った時間の中にも、MAXってありますよね。

つまり一番それが楽しかったり、感情移入していたり、感動していたりする瞬間のことです。

例えば、「ドラゴンボール」(古い話で恐縮です)のMAXはどの瞬間だったかというと、人造人間17号と18号が町で大暴れをしていて、だけど悟空たちは彼らの居場所が特定できないシーン。

そこでヤムチャ(テンシンハン?)かなんかが、

「人造人間だから気がないんだ!」

と言うシーンだったんじゃないかと思うわけです。

つまり、悟空たちは今まで、相手の存在を「気」で感じて闘ったりしてきたんです。

が、今回は町が大変なことになっているのにそれを感じることができなかった。

それで上の発言につながるわけです。

大いなるパラダイムシフト。僕はこのセリフを読んだとき、文字通り鳥肌が立つくらいゾクっとしました。そうか、人造人間だから気がないんだ!、と。

その後セルとか魔人ブウとかでてきたけど、人造人間17号、18号の衝撃はついに超えられなかった。

ついでに起動戦士ガンダム(こちらも古くてすみません)のMAXはと言いますと、赤い彗星とまで呼ばれたシャア・アズナブルが、シャアゲル(シャア専用の赤いゲルググ)のコックピットの中で仮面の下に涙をいっぱい流しながら、

「今の私にガンダムは倒せん 」

と泣くシーンなんじゃないかと思うのです。

唸らされるようなシーンはその前後にもたくさんありました。

「ザクとは違うのだよ。ザクとは!」(ランバ・ラル)

「脚なんか飾りです。偉い人にはそれが解らんのですよ!」(ジオング整備兵)

「貴様だって、ニュータイプだろうに!」(アムロ・レイ)

「クルーザー級のスペースグライダーのライセンスが役に立つとは思いませんが、私でよければ」(ミライ・ヤシマ)

……が、今まで決して弱音をはかなかったシャアが言ったこのセリフの衝撃は計り知れません。勝手にニュータイプ能力を覚醒させ、勝手にそれを伸ばして行ったアムロって一体……?

話を元に戻しますが、このMAX発見機、いい事に関しては鳴らないで欲しいものですね。

恋人と付き合い始めた直後に「ピピッ」って鳴っちゃったら、せっかくのムードもぶち壊しです。

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